なんでラグビーやめたんですか? File1.大居広樹さん/元キヤノン・豊田自動織機

始まりがあれば終りがある。森羅万象、すべてに共通する自然の摂理です。
もちろんラグビーも例外ではありません。
ラグビー選手って、現役を終えるとみんな何をしているの?引退後の職業や、ラグビーとの関わり方はどうなっているの?
そんな疑問を直接「ラグビーをやめた人」に聞き、「なるほど、こういう人生の歩み方ってなんかいいじゃん!」と感じてもらえる特集を始めます。タイトルは少しトガッてますが、内容はまじめ(のはず)。
進路に迷っている人や、第2の人生を歩もうとしている人に読んでほしいな。
不定期ですが、よろしくお願いします。
==========

第1回は、元キヤノン・豊田自動織機の大居広樹さん。
1988年生まれで、現在30歳。2015年・27歳で現役を引退しています。引退するにはまだ早いような気もしますが…お話を伺っているうちに、その理由が分かってきました。

ー今日はよろしくお願いします。まず根本のところからお聞きしたいと思います。

大居 はい、お願いします。

ーラグビーとの関わりは、いつからありましたか?

大居 中学校に入学してからです。話すと長いのですが…。

ー大歓迎です。

大居 実はぼく、野球少年だったんです。小学生の頃ソフトボールをしていたので、進学する時も野球部に入る目的で中学校を選びました。

ー選んだ、ということは私立へ。

大居 ええ、上宮太子です。

ー記者は野球音痴ですが、確かに高校名はよく耳にします。強豪校だと。

大居 ただ、高校は強豪だったんですが、当時中学には…野球部がなかったんです(笑)

ーだ、大事件じゃないですか。

大居 入ってから気付いて。先にちゃんと確認しておかないと、って話なんですが。だから、入学してから「もう中学やめたい」って言ってました(笑)。

ーそりゃ、そうなりますよね。

大居 そんなふてくされた時期に、ラグビーと出会いました。地元が東大阪・花園で、たまたま試合を見に行ったんです。そこで衝撃を受けました。「なんて激しいスポーツなんだ!」って。

ー魅了されたんですね。

大居 はい。小学生の頃はソフトボールのほかに水泳もやっていてスポーツが好きだったんですが、ラグビーはすべての要素が必要なスポーツだな、と思ったんです。

ーすべての要素が必要。

大居 強い体が必要ですし、精神的にもタフさが求められる。男らしくてかっこいい。そんなスポーツがあるんだ、と。もちろん当時はまだまだ野球に気持ちがあったので、高校で野球に専念するための体づくりとしてラグビーをする、くらいの気持ちで始めましたが。

ーということは、中学での経験が大居さんの人生を変えたんですね。

大居 はい。ラグビー部に入って2週間後に初めて出場した試合で、初トライを決めることができたんです。そこからオール大阪にも選ばれ、高校でもラグビーをすることを決めました。

ー高校では、近畿代表に選ばれて全国優勝。U19にも選出され、実績を積まれています。大学は関西大学ですが、進学の選択肢は広かったんじゃないですか?

大居 スポーツフロンティア入試という入学試験を受けて、理系の環境都市工学部に入学しました。幸い、高校での評定も良かったので…。

ーむむむ、「勉強できそうな人オーラ」を感じます。理系って、入ってからめちゃくちゃ勉強しないといけないのでは…。

大居 めちゃくちゃ勉強しました!大学の図書館で朝から晩までカンヅメになってることもありましたね。

ー文系という選択肢はなかったですか?

大居 実家が医療製品メーカーを経営していて、父から「行くなら理系にしてほしいな」と言われていたんです。

ー跡継ぎにしたい、的な。

大居 直接言われたわけではありませんが、思いはあったでしょうね。親のほうが僕より先に、ラグビー後の人生を考えていたんだな、と後になって思います。なので、自然に理系でラグビーができて…という選択をして、関西大学に決まりました。

ーラグビーと家業、大学を出たら家を継ぐ…という絵を描くこともできますが、選手としての道を歩まれました。

大居 そうですね…大学3年生の頃は継ぐことを見据えていわゆる普通の就職活動をしましたが、やっぱりラグビーしかないという思いが強くなってきた時期で。4年のときには、ラグビーで就職しようと決めていました。

ー大居さんが在籍していた頃の関西大学はBリーグで、いつもAリーグに上がれるか上がれないかのところで残留。苦しい時期でもありましたが、そういった逆境がラグビー熱を加速させたのかもしれませんね。

大居 はい、キャプテンでもありましたし、ラグビーで就職が決まらなかったら留年しようと決意していました(笑)。

ー肉を切らせて骨を断つ…。

大居 なかなか決まらなかったんですが、同学年の木津武士選手や山中亮平選手の話を聞いていると、「自分もラグビーでいくぞ」と希望が湧いてきました。

ーおー、同学年プレーヤーに勇気づけられたんですね。そして見事、キヤノンに入団されました。入団のきっかけって何だったんでしょうか?

大居 法政大学との定期戦の際に、キヤノンの監督が来ていたんです。僕を見に来たわけじゃなくて、法政大学からキヤノンに入団する選手がいたので。そこでたまたまぼくが活躍したのを見て、誘ってもらいました。

ー誰がどこで見ているか、わからないものですね。こういうのを縁と呼ぶのか。

大居 そうですね。Bリーグ出身なので、トップのフィールドに行けて嬉しかったです。

ーキヤノンでは、社員と選手を両立していたのでしょうか。

大居 はい。調達本部の「取引先環境推進課」という部署に配属されました。

ーいきなり社会人っぽいワードが飛び出しましたね。

大居 キヤノン製品に使われる部品を調達するための、環境管理をしていました。午前中に仕事をして、午後からラグビーという生活でした。

ーほうほう。二足のわらじで大変じゃなかったですか?

大居 う〜ん、午前だけの仕事なので、任せてもらえる部分が少ないということに歯がゆさは感じました。

ーもっと仕事がしたい、と。

大居 そうですね。でも、ラグビーもそれ以上にやりたい。ならいっそ、プロになって限界までラグビーをしようと考えたんです。いずれ父の会社を引き継ぐことも視野に入れなければならなかったので、それまではラグビーで人生を生きる選択をしました。ぼく、昔から思い切りの良さは人よりも長けているので(笑)

ー思い切った決断。ここで家業が登場するわけですね。

大居 次に決まった豊田自動織機では、プレーするのは2年だけと初めから決めていました。自分自身結婚をしたし、父の体調も良くなかったので2年でやりきって会社を継ぐ体制に入ろうと。

ー家業を継ぐことに抵抗はなかったですか?家のことって抵抗しようがないので、継ぐしかない状況だったとは思うんですが。

大居 長男だし僕が継がなきゃとはなんとなく感じていましたが、嫌ではありませんでした。ただ、「帰る場所がある」ことに安住してはいけないと思っています。

ー安住してはいけない、ですか。

大居 ずっとチャレンジし続けたいんです。キヤノンでは2年目でようやくスタメンで出られたんですが、それだけじゃ満足できなかった。織機では試合に出られてようやくボーダーライン。活躍できなかったら、ゴミと同じなんです。何を求められているかを意識し、価値を自分自身で考えることが大事なんだと学びました。

ーハングリーさがないと、やっていけない、と。

大居 自分へのシビアさとも言えます。最大の敵は、現状に満足している自分。それはラグビーだけでなくて、家業を継いでからも感じます。父にはよく、「腹くくれよ」と言われます(笑)。

ーなるほど。現在のお話もうかがっていきたいと思います。「H&Aトレーディング株式会社」(以下H&A)の営業をされている大居さんですが、どういったお仕事をされていますか?

大居 H&Aは弟と設立した、父の会社の関連企業です。今年の3月26に創業した、健康・スポーツ機器に特化した製品を提供する企業です。

ーめちゃくちゃ最近ですね。

大居 家業の医療用機器メーカーはBtoB、つまり法人向けの企業だったのですが、H&Aはエンドユーザーに向けています。僕はその商材を見つけてくる仕事を主にしています。

ー例えば、どんな製品を?

大居 個人用アイシングマシーンを海外から輸入し、販売しています。

▲個人用アイシングマシーン「CRYO-2」。移動中でも冷却と加圧が可能に。

ー見た目もアイシングマシーンっぽくないですね。オシャレ。

大居 こういった良い商材をたくさん見つけて、販売していこうと今チャレンジ中です。ぼくが「元トップリーガー」という肩書で客寄せパンダになりにいって、できるだけ露出していこうと。

ーご自身を客寄せパンダと言ってしまう潔さ。

大居 BtoCの会社を立ち上げた以上、エンドユーザーの目に少しでも触れることが大事です。そのためなら、どんどん前に出ていきます。それがぼくの役割りと思っています。

ー腹をくくる、ということですね。

大居 そうですね。父が医療機器メーカーを大きくしてきたので、自分自身でも何か広げていきたいし、広げていかなければいけません。やりたいことを本気でやっていく思い切りの良さを、これからも大切にし続けたいです。

ー現役時代に培われた「何を求められているか意識すること」「自分自身で何が価値かを考えること」。この思考が、今も脈々と大居さんの中に流れていることがわかりました。今日はありがとうございました!

▲今回はmihorobotがお話を聞いてきました。

H&Aトレーディング株式会社
住所:東京都文京区本郷3-22-2フローレンスパレス御茶ノ水フィアンコ
問合せ先:公式サイト「お問い合わせ」からお問い合わせください。

Share

1 Trackback / Pingback

  1. なんでラグビーやめたんですか? File1.大居広樹さん/元キヤノン・豊田自動織機 | 週刊ひがしおおさか

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*